ぼくがダイビングショップを経営するまで/真木崇志の人生ストーリー

経営者

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Q:ダイビングが好きです。
ダイビングのインストラクターやショップを経営されている人の人生ストーリーが読みたいです。

 
 
 
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現在、梅田で障がい者の方でもダイビングができるダイビングショップを経営している、真木 崇志(マキタカシ)さん。
 

 
先天性十二指腸閉鎖症という病気で生後三日で手術し、12歳まで通院して病気を克服。
 
その後、19歳の時にダイビングの楽しさを知ったことから、ダイビングショップを経営するようになりました。
今回はそんなマキさんの人生の軌跡や、仕事にかける想いについて伺いました。
 
 
 

障がい者ダイビングを始めたキッカケ


 
Q:今、マキさんは障がい者ダイビングのサービスをされてますけど、これをやろうと思ったきっかけはなんだったんですか?
 
▼マキ
ダイビング自体は19歳の時に出会ったのですが、障がい者ダイビングを知ったのはここ数年の話です。2年前程に辞めたスタッフが、学生の時にボランティアをしていたようで、「障がい者ダイビングをしたい」と言ってきたのがキッカケだったんですよ。
 
たまたま障がい者ダイビングの講習会が伊豆であったので、「行ってきたら?」と体験してもらったら「めっちゃ良かった!」と言っていて。
 
その時まで、「障がい者ダイビングをやっている店って結構多いのかな」と思ってたんですが、当時、日本でも3店舗しかないということを知って。
大阪になかったので、じゃあやってみようと思って始めました。
 
 
 

 
Q:マキさんはこちらのショップを立ち上げてどれぐらいになりますか?
▼マキ
2013年に始めて、6年目に入りましたね。
 
 
 
Q:「今後もっとこうしていきたいな」という気持ちとかありますか?
 
▼マキ
障がい者ダイビングのサービスをやっていますが、もっと多くのお客さんに知って欲しいという想いはありますね。
もちろん健常者の人にも来て欲しいけど。
そのためにSNSを去年ぐらいから始めました。
 
 
 

SNSで活動やダイビングの魅力を発信


 
Q:SNSを始めたきっかけは?
 
▼マキ
最初は鍵アカウントだったんですけど、「そろそろSNSで発信をしたほうがいいんだろうな」と思って・・キングコング西野さんの著書の「革命のファンファーレ」の感想をお店のブログに書いたんですよ。
 
そしたら、西野さんからレターポットでメッセージを頂いて。
 
自分がやっている活動や思いを発信してみようと思って始めました。
あと、「おもしろそう!」と思ってすぐやってみたくなる性格もありますね。
 
 
 
Q:発信をずっと続けられていますよね。
 
▼マキ
書くのは全然苦痛じゃないです。
 
インスタライブはフォロワーだけしか見れなくて広がっていかないので、オープンに知ってもらえるSHOWROOMをやっています。
喋るのは苦手だし、全くコメント来ないと心折れるんですけど(笑)
 
ブログでもツイッターでも、みんなが「もうやめよう」と思う時がチャンスですよね。
 
 
 

生後3日で手術。真木崇志の幼少期とは


 
Q:マキさんの生い立ちについて教えてもらいたいんですが・・・生まれは?どんな家庭で育ちましたか?
 
▼マキ
大阪で生まれて、家族構成は両親、兄、妹がいます。
父はあまり話さない変わり者で、母は大雑把な性格。
 
2人とも厳しくなかったですね。
 
実は僕、先天性十二指腸閉鎖症という病気で生後三日で手術をして、お腹にはその手術跡がしっかりと残っています。
病気のことがあったので検査等でしばらく病院に通っていました。
 
 
 
Q:何歳まで通院していたんですか?
 
▼マキ
12歳頃まで検査、注射のために通院していました。
しんどいのが普通すぎて当たり前でしたが今となってはよくやったなと思います。
 
2回手術をしたというのも、同じ病気の人が勇気付けられると思い発信してますが、そこまで自分自身が病気を深刻に受け止めていたわけではないですね。
 
 
 

写真:小学生の頃
 
 
Q:そうだったんですね、どんなことをして遊ぶ子どもだったんですか?
 
▼マキ
家で遊んでました。
聖闘士星矢、ガンダムとかのプラモデルで遊んでいたり、アリを観察したり(笑)
 
基本インドアで、アニメもドラゴンボールとかを見ていました。
小学校3-4年の頃に違う地域の少年野球を始めましたが同じ地域ではなかったので、この頃はあまり友達と遊んだ記憶がないです。
 
小学校5-6年頃になると喧嘩っ早かったんで、先生に嫌われてましたね(笑)
授業中抜け出したり席を移動したり。
 
少年野球のメンバーにはニコニコして接して、小学校のメンバーには暴力して(笑)
場所によって性格を変えていました。
 
 

 
 
Q:少年野球ではニコニコ・・・監督は厳しかったですか?
 
▼マキ
厳しかったですね。
ただ僕、下手くそだったので全然レギュラーになれなくて小学校ではベンチでした。
試合も出ずに、練習もあんまり頑張ってなかったです。
 
 
 
Q:中学校はどんなふうに過ごしていたんですか?
 
▼マキ
変わった中学校でしたね・・(笑)
特にヤンキーだった訳ではないんですけど、勉強は中2までしていなかったです。
学級崩壊してたり、先生いじめとか。。。
 
周りはタバコを吸ったり、万引きしたりするのが普通で、それが普通だと思ってました。
中3で転校して、転校した先で学級崩壊してなくて席に座ってるので、そこで始めて勉強することにしました。
転校生だったので中3の時は友達がいなかったんですよ。
 
真面目な子ばかりで全然話が合わなくって。
 
 
 

身近な友達の死を経験した高校時代


 
Q:高校では部活とかやってましたか?
 
▼マキ
部活はしていなくて、ずっと友達と遊んでました。
この頃の印象的な出来事といえば、友達が3人亡くなったことですかね。
それ以前でも中学生の時の先輩、後輩など、何人かの身近な方の死を経験していて。
 
 
 
Q:事故とか?
 
▼マキ
高1・高3の時の友達は事故死で、高2の友達は自殺ですね。
 
高1の時の友達は幼馴染だったんですがバイク事故ですね。
昔はヘルメット被ってなかったりしたし、ヤンキーだったので無茶なことも多くしていて。
 
辛かったのが友人の顔を見た時に、顔が2倍くらいに膨らんでしまっていたのを見たこと。
あと出棺の時に親御さんが友人の好きな音楽を流しておられたんですけど、辛くてしばらくはその曲を聴けなかったです。
 
ゆずの「サヨナラバス」だったんですけど。
 
同じように高2の友人の曲は尾崎豊、高3の友人はGLAYだったんですが、しばらくは聴けませんでした。
 
地元の友達と一緒に、曲が聴けなくなるのは悲しいから、自分たちの時は流さないでおこうとか、サンバにしようとかとか言ってます(笑)
 
中学の時の先輩は転落事故で亡くなりました。
中2までいた学校って、比較的生徒が亡くなっていたので、人が亡くなるのってそのくらいの頻度かと思っていたのですが、転校した後は、「人はそんなに亡くならないものなんだ」と後から気づきました。
 
 
 

何にも頑張れなかった短大時代


 
Q:高校卒業後は進学したんですか?
 
▼マキ
高校がエスカレーター式だったんですけど、そこの大学に行きたくなくて関西外大の短大に推薦で行きました。
編入しやすいと聞いてたんですが、編入せずに卒業しました。
それが20歳の時でしたね。
 
この頃はあまり学校行かずにバイクに乗ったりゲームしたり・・ダラダラしたりして、遊んでましたね。もう、何も頑張っていない時期でした。
 
唯一本を読むのは好きで読んでましたね。
 
 
 
Q:本を読むのが好きなんですね。
 
▼マキ
小5のときから、児童書はよく読んでましたね。新聞も小5くらいから読んでいて、とにかく活字中毒で文章を読むのが大好きでした。
 
 
 
Q:小説とか?
 
▼マキ
そうですね。
最初の頃は小説を読んでいて、小学校のときは巌窟王とか三国志、ロビンソン・クルーソーとかを読んでましたね。
読書はずっと好きで、高校の時も勉強はしなくても学校の図書室の本はほとんど読破するほどでした。
 
 
 

1日15~18時間労働のサラリーマン時代で得たもの


 
Q:短大を20歳で卒業して、そこからはどういう進路を進まれたんですか?
 
▼マキ
ちょっとだけフリーターして、その後24歳までサラリーマン(レンタルビデオのショップ)で店長として働いていました。
 
 
 
Q:なんでその仕事にしようと?
 
▼マキ
経営とか仕事のやり方を学びたいと思ったんです。
いくつか会社を受けてみてそこが受かったんです。
 
19歳くらいのときに、友達の誘いでダイビングに出会ってめっちゃ楽しくて、ダイビングを仕事にしたいと思ったんですけど、勉強もできなかったし。
 
これまで努力もしたことなく何もない人間だったんで、まずビジネスを学ぼうと思ったんです。
 
 
 

昔から大好きな仮説と検証で、最短出世


 
▼マキ
当時は、めちゃブラックでしたけど、早く出世したくて、最短で出世するにはどうしたら良いか考えたんですよね。高校の頃から仮説と検証が好きで(笑)
 
パット見で、頑張っているように見えたら出世しやすいだろうと考えて、初出勤から3時間前に現場に入ったんですよ。
 
ブラックなので残業は普通にあったんですがタイムカードだけ先に切って、勝手に3時間残業するというのを半年間続けました。
 
途中からやっと仕事が好きになって、月に2-3日の休み、15時間~18時間働くのが当たり前。
4年間ぐらい、1日3時間睡眠くらいでしたが、おかげですぐ出世できましたね。
 
 
 
Q:2年で店長になる人って早いんですか?
 
▼マキ
当時は僕が最年少でした。
これまで努力ってしたことなかったので、努力しようと思って。
 
勉強なら塾に行ったり部活だと自主練とかもするのに、社会人になってから人は基本、努力するとブラックと言ったりして、努力しないじゃないですか。
 
だから周りが努力しない中で、自分が努力すればいい。
周りが努力していない中で努力するのはチャンスだと思ったんですよね。
 
 
 

社員とのコミュニケーションを改善した「思考」とは


 
Q:社員さんとのコミュニケーションで大変だったことはありましたか?
 
▼マキ
最初は、自分が努力してきたので、できない人に「なんでできないんだ」と思って接してました。
周りからは、「お前みたいなのが特殊だ」と言われましたが。
でもそうやって接しているとうまくいかなくなって、考え方を変えました。
 
 
 
Q:どんなふうに変えたんですか?
 
▼マキ
自分が給料を払っているわけではなく会社が払っているので、会社の使命を僕が任せられて、その任務を僕1人ではできないから他の人たちにやってもらっていると考えました。
 
そう思うと接し方が感謝に変わるし、うまくいきました。
 
働きやすい職場にするためにはどうしたらいいか?提案の仕方はどうしたらいいか? ということを考えましたね。
 
 
 
Q:経営だけでなくて、コミニケーションの仕方が学べてよかったですね。
 
▼マキ
はい、それを22歳-23歳で知れたのは良かったですね。
大学生の子に、同い年ですねとか言われてましたが(笑)
 
さらに見た目が若いので、クレームとかで対応するときも、店長の名刺を見せたりしていましたね。
結構年上のアルバイトの方もいて、内心は「自分でやりぃや」と思ったりする仕事もありましたが丁寧にお願いしていました。
 
 
 

サラリーマンを辞めてダイビングの仕事に


 
Q:年齢でいうとその人たちはマキさんよりも年上ですもんね‥。そこから24歳で仕事を辞めたのはなぜですか?
 
▼マキ
もともとダイビングショップで働くのが夢だったので、「一緒に働こう」って誘ってくれていた友達と働くために辞めました。大阪の天王寺近辺のショップで一緒に働き始めました。
 
 
Q:天王寺のショップではいつ頃までやったんですか?
 
▼マキ
2年ぐらいやっていて、2010年に店をつくって。
独立するまで休みは0日だったので大変でしたが、それでも楽しいので、休みはいらないですね。
 
 
 

29歳の時に、一人で独立


 
Q:その後、これまで一緒にやってきた人と離れて29歳の時に独立されたと。
 
▼マキ
はい、「新たに自分一人でやってみたいな」と思って独立しました。
 
吹田でショップを開いたんですけど、準備する期間がほとんどなかったのが大変でした。
11月ぐらいに独立することを仲間に相談、12月いっぱいでその店を辞めて2月にオープン予定だったので、準備期間は全然なかったです。
 
やり方は全部わかっていたのですが、急すぎたという感じですね。
 
 
Q:ダイビングショップでは普段はどういった業務をしているんですか?
 
▼マキ
講習をしたり、ものを売ったり、ダイビングの申し込み手続きをしたり。
後はダイビングプールが大阪にあるんですけどそこに行ったり、海に行ったりしています。
 
 
 
Q:マキさんはどういう時にダイビングの仕事の楽しさを感じるんですか?
 
▼マキ
「自分が好きなこと=ダイビング」でお客さんが喜んでくれるのがやっぱり嬉しいですね。
あと、来てくれる人は障害を乗り越えようと、「できない理由」ではなく、「できる理由」を探す人たちばかりで、コミュニケーションしていて楽しいです。
 
 
▼マキ
障害者ダイビングを始めた時に講習を受けないといけないんですが、相手の方が手が少ししか動かない障害ですがダイビングは100回ぐらいやっている人でした。
初めての経験でグダグダだったのに、「もっと広めてください。がんばってください」と言われたんです。
 
「めっちゃいい人やん、この人。この人のためにも頑張ろう!」と思えたんです。
原動力はその人の言葉でした。
 
 

 
 
▼マキ
あと、その講習会の1-2ヶ月後に障害のある子供に海遊びを教えるという、ボランティアイベントに行ったんですよ。
 
ダイビングできる子はして、障害が重い子はダイビングではなくSUPとかをやっていたんですが。
ダイビングできる子は兄弟や親と一緒に潜ったんですけど、その子だけじゃなく兄弟や保護者の方々がめっちゃ喜んでくれて。
 
保護者から「一生の思い出になった」と言ってくれて、「ダイビングで一生の思い出にできるんや!」って思ったんですよね。
 
 

 
 
▼マキ
病気を治すことはできないけど、「一生の思い出」って言われたら感動しました。
体験が「ダイビング」じゃなくて、「一生の思い出」なんだって。
 
中には、病気的に長生きできない子もいたので。
 
ただ感動したのと同時に、障害者ダイビングが広まってない事も分かりました。
 
 
 
Q:障害者ダイビングが普及しない理由とは?
 
▼マキ
障害者ダイビングが広まらないのは、、、広め方の正解がわからないんですよね。
 
実際地方新聞やいろんな新聞に載ったんですけど、まだまだ広まってないです。
ですけど、正解がわからない分、前人未到で楽しいんですよね。
広める正解がなくてやらない人がやらないですが、それが頑張らない理由にはならないので。
 
 
 

真木さんの障害者ダイビングをするスタンス


 
Q:そこには、自分の生まれながらの病気の経験は関係あるんですか?
 
▼マキ
関係ないですね。
意図したというよりは、そうだったと後から気づいたという感じです。
 
でも障害を持たれている方と話す時に、「自分もそうだった」と話すと距離感が近くなるのはありますね。
手術してよかったなと思います。
跡が残っているので、説得力があるし、気持ちがわかってもらえるのも大きいです。
 
普段義足を穿いている人は潜る時に外すんですが、事故の傷を見せられて、「すごいでしょ?」と言われた時には「なんも思わないですよ。
僕も(傷)ありますよ」
という感じでフランクに接しています。
 
 
▼マキ
障害のある方にダイビングを教えていますが、「良いことをしたい!」と思っているわけではないです。
これはご本人にも言ってるんですが。
 
障害があっても店側がハードルを下げるので、「できるんだったら一緒にやりましょう」という考え方です。
 
「障害があろうができることは全部やってもらいます。できなかったら助けます」というスタンスですね。
 
哀れみを持って接することはないし、障害があっても変わっている方は変わっているし、良い人は良い人。
 
結局、障害は関係なく性格です。
結果的に福祉的な見え方になっているかもしれないですが、福祉的な見せ方を意図している訳ではないです。
 
 
 

今後の夢・目標


 
Q:あらためて、マキさんのショップのコンセプトを教えてください。
 
▼マキ
「安心・安全」と「お客様にとっての第3の場所」ですね。
 
安心・安全でいうと、ライセンスを最短でとれるというのを売りにしているお店などもありますが、決して早くライセンスを取れるのがいいとは思っていません。
ぼくは、安心・安全にダイビングができることが第一優先だと考えています。
 
 
 
Q:なるほど、障害のある方のダイビングをする際に気をつけていることってありますか?
 
▼マキ
基本的には、医師の診断書をもらってから来てもらいます。
明らかに目で見てわかる障害以外、例えば内臓疾患だとわからないので。
 
ちゃんとした団体(HSA)に所属しているので保険はおります。
団体に所属していないと、障害を持っている人と潜っても保険がおりるかわからないことがあって。
 
所属していないショップも多いので注意が必要ですね。
うちはちゃんと入ってます。
 
あとは「第3の場所」についてですけど、お客さんにとって居心地がいい場所でいたいという思いがあり、お店もその意向から移転しました。
 
 

 
 
Q:それで吹田から中津にお店を変えられたんですね。
 
▼マキ
そうです。前の店の入り口が階段だったんですよ。
「障害者ダイビングを頑張ります」って言っておきながら、バリアがあるなと思ったのが一つですね。
あと、アクセスも良いし。
 
「日本一のダイビングショップになる」と掲げていますが、数字目標よりも「日本一愛されるダイビングショップ」を作りたいです。
「売り上げ●●円!!とか、新規●●名!!」とかじゃなくて。
 
障害者ダイビングをやっていることをTwitterなどで発信するとよくシェアしてくれるんですよ。
「売り上げ」を目標に掲げたりするとどこかいやらしい部分が出ますけど、目指したいのは、「日本一愛されるダイビングショップ」ですね。
 
活動をみて、応援していただけたら嬉しいです!
 
 
 

真木崇志プロフィール

先天性十二指腸閉鎖症という病気で生後三日で手術し12歳まで通院をし病気を克服。
その後、19歳の時にダイビングに出会い、これを仕事にしたいという想いから、ビジネスを学ぶため、レンタルビデオショップへ就職。
仮説と検証を繰り返し、最短出世。24歳の時にダイビングショップを共同経営するが、29歳の時に独立して「RIZE」をオープン。
吹田から梅田に店を移し、現在は障害者ダイビングの普及啓発活動に挑戦中。
 
 
 
大阪梅田のダイビングショップ「RIZE」公式ホームページ
 
 
▼真木崇志さんのSNSなど
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投稿者プロフィール

サクラタエ
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