小学校教師をして見えた世界とこれから/高畑桜の人生ストーリー

会社員

Q:私は女の子ですが、女の子が好きです。
親にも言いにくいし、周りに相談できる人がいません。
私と同じように悩み・乗り越えた人の人生ストーリーを知りたいです。
 
 
 
***
 
LGBT、セクシュアルマイノリティという言葉を耳にするようになってきました。
 
・レズビアン
・ゲイ
・バイセクシャル
・トランスジェンダー
 
 
女の子だけど、女の子が好き—。
この世界には、性の問題で「自分らしさ」や居場所を失う人がいます。
 
 

 
高畑(こうはた)桜さん、もその一人でした。
 
性別は女性だけど女の子が好き。
自分の心は女の子なのか男の子なのかわからない。
 
 
セクシュアルマイノリティとして、学生時代を過ごしていると、「誰が好き?どんな男の子がタイプ?」と聞かれても、自分の思いを表現できない。出し方もわからなくなっていきました。
 
しかし、社会人となった今、
 
「自分らしく生きる!」
「どんな人の心にも火があるし、みんな色が違う!」
「こころもからだもいろいろ 彩り豊かでええじゃん!」
 
そう思える世界を作るため、広島で地域おこし協力隊員として働くかたわら、性のことで悩む子どもと保護者のためのコミュニティスペース「ここいろhiroshima」を運営しています。
 
 

 
過去の自分と同じように、今も世の中には、性の問題をはじめ、自分らしく生きられない子ども・学生・社会人がいる。
 
これまでの自分の経験や、コーチングスキルだけでなく、居場所を作って支えていく活動をさらに進めていきたい。
 
そう語る、高畑桜さんの人生ストーリーに迫ってみました。
 
 
 

LGBTはセクシャルマイノリティの一部


 
Q:「ここいろhiroshima HP」という、性のことで悩む子どもと保護者のためのコミュニティスペースを運営している高畑さんから見て、性に対する世の中の認識とか、どういったことが問題だと感じていますか?
 
▼高畑
LGBTっていう言葉が一般的になってきていると思いますけど、実はこれってセクシャルマイノリティの一部なんですよ。
 

 
 
▼高畑
LGBTからSOGIへっていうテーマで話すことも多いんですけど、「SO」は性的指向といって、自分がどんな性別の人を好きになるかという「対象への矢印の向き」の話。
 
「GI」は、性自認といって、自分の性別のことをどう思うかっていう「自分自身」の話。
 
この2つのことを考えることが必要だと思っています。
 
「どんな性別の人を好きになるか」×「自分の性別をどう思うか」っていう、この組み合わせは人の数だけあるんです。
 

 
 
▼高畑
私の場合は、女の子が好きだけど、体の性は女性、でも心の性は男性と女性の中間(Xジェンダー寄り)だと思っています。
講演会でも最初「レズビアン」って言って説明することが多いのですが、私の性自認だと同性愛者、異性愛者という明確な区切りが私自身もできないので、そういう人もいるんだよ~という感じで話を進めていきます。
 
その方がより「多様さ」や「ひとりひとり違う感覚」が伝わると思うので。
 

 

 
 
 

 
Q:この認識はなかったですね…。「ここいろhiroshima HP」ではどんな活動をしているんですか?
 
▼高畑
主には、月1回の居場所づくりと啓発活動です。
 

 

 

 
 
啓発活動
◎教育関係者向けの講演
◎企業講演
◎小学校へ出張授業
◎高校での講演会など
 
 
 

子どもが「一人でがんばる」って思ってしまうシステムが存在する


 
Q:こういった性のことをテーマに活動しているさーちゃんが、自分自身セクシャルマイノリティだなと実感したのはいつですか?
 
▼高畑
小学校の低学年頃までには、無意識のうちに「女の子」に目がいってました。
 
その頃の私は、友達と野山を駆け回って遊ぶのが大好きで、姉や兄のおさがりはズボンを好み、スカートは嫌がっていました。
 

 
 
 
▼高畑
小学校高学年から中学生になると、恋愛の話とかなるじゃないですか?
周りの子たちが「男の子」の話を友だちと楽しそうにしていても、私はどうしてもその話題についていけなくて…。
 
無理やり好きな男の子を作って輪に入ろうとしたりしてたんですけど…
 
「友達に嘘つくの嫌だなあ…」
「本当に『女の子』が好きだったらどうしよう…」
「自分は普通の人じゃないのかも…」
「こんな悩み誰にも言えない…」
 
っていう心境で。
 
違和感があったし不安で、「誰が好き?」とか聞かれたり、グループの中で話題を合わせたりするのが辛くて固定のグループに入るのがしんどかったですね。
 
 
 

 

 
▼高畑
あと、私には4つ上の兄がいるんです。
 
私が小学校高学年の頃は、まだ「発達障害」っていう言葉もない時代だったんですけど、兄が屋根にのぼって屋根を叩いたり、夜中に突然家を飛び出したりして、「この子は精神病だ」って言われてたみたいで。
 
ただ、私はまだ幼かったので、そういう話を一切聞かされないまま、高校生まで大きくなっていきました。
 
後々になってそれが「発達障害」の2次障害で起こることだって分かるんですけど。
 
両親はその兄にどうしても手がかかるわけで、私は「自分のことも見てほしい」って言えなかったんです。セクシャルマイノリティの話をしても心配をかけてしまうだろうなって、小中高の間、ずっと我慢してしまうようになって。
 
実体験から言えることなんですけど、「子どもが一人でがんばるって思ってしまうシステム」があると思うんですよ。
 
 
 
Q:「子どもが一人でがんばるって思ってしまうシステム」とは?
 
▼高畑
さっきの例だと、親が「子どもが精神病(発達障害)であること」をタブー視したり、隠すじゃないですか。
 
そうなると、自分も「お兄ちゃんのことを家族以外の人に言ったらダメだ」と思ってしまうし、「自分が女の子のことを好き」ってことも言ってはいけないって思ってしまうんですよね。
 
自己開示ができないので…。
 
 
 

 
▼高畑
ここいろhiroshima HP」では、過去の私のように「一人でがんばるざるを得ない」っていう子どもが自分を表現できるように場づくりをするのは大事だって思うのはこの経験が大きいんです。
 
そのためには、子どもだけじゃなくて、その保護者や周りの人もひっくるめて、みんなが安心して自己開示できる場、そのままの自分でいてもOKなんだって思える場が必要だと思って。
 
自分だけで背負ってしまってる人に、「あなたは一人じゃないよ」「みんなで支え合うよ」って感じてもらえる場所が大事だと思うんです。
 
 
というのも、子どもころの私は、本当に自分を表現するのがヘタで…。
クラスの前に立って発表するような場面は必ず涙が出て発表できなくなっちゃうし、「がんばれー」って励まされてまた泣く、みたいな(笑)
 
高学年のころはクラスメイトで影響力のある子が順番にいじめ、仲間はずれにしていく環境もあったので、とにかく目立つような行動はしたくなくて、周りに合わせることで自分の身を守ってましたね。
 
 
 

 
Q:周りの目をすごく気にしていたんですね。
 
▼高畑
はい。中学校に入ってすぐにバスケ部に入るんですけど、そこでも影響力のある子が順番に部員を仲間はずれにしていって。
私も最後の最後にそれをされて。
 
大好きなバスケだったんですが、病んで「部活行きたくない」って思って、結局辞めたんです。
 
でも、そこで「逃げても良いんだ」って思ったんですね。
それまでは「ちゃんとやらなきゃダメだ」「失敗したらダメだ」「周りに合わせなきゃ」って思ってたんですけど、「もういいやー」って、ある意味少し吹っ切れて、肩の荷がおりて。
 
人前で話しても泣かないくらいにはなってました。
 
 

 
Q:高校生になると、周囲も彼氏彼女の話題が中心になりますよね? さーちゃんはどんな恋をしていましたか?
 
▼高畑
みんな盛り上がりますよね。
 
だから私も男の子と付き合ってみたんですけど、3か月で破局。
女子扱いされることに違和感を感じて、一緒にいても疲れるだけだったんですよ。
 
でも、テニス部で行き帰りが同じ女の子に恋をしたんです。
その子には好きな男の子がいて、、、でも「気持ちを伝えたい」と思って
「あなたのことが友だちとしてでなく、恋愛対象として好きなんよ。でも、ちゃんとふって。気持ちの整理がつかんけ」と告白したんです。
そしたら「言ってくれるのはうれしいけど、友達だよ」と振られて。
 
その後も、「一緒に帰ろう」と誘ってくれたんですけど、その優しさがまた痛いんです。
 
 
「自分は好きになった人の恋愛対象に入れないんだ…」って思ったし、自分じゃどうしようもできないことで、「辛い…悔しい…苦しい…」って無力感や葛藤、諦めの気持ちでいっぱいでした。
 
「自分は人と違う。自分には恋愛なんて無理なんだ」と。
 
 

 
Q:ありのままの自分を認めてもらえないとか、自分で自分を認められないのは辛いですよね。その後、学生時代は誰とも交際せず?
 
▼高畑
いえ、大学に入って、自分を認めてくれる女の子と出会えたんですよ。
 
好きな気持ちと、これまでの学生時代のことを伝えたら一緒に泣いてくれて。
二度の告白の末、念願の彼女ができました。
 

 
あと、学祭の「男装コンテスト」に友だちと出場したり、恩師のおかげで無事に卒業もできて、
 
「自分のことを理解してくれる人がいる」
「自分らしく生きていいんだ」
「このままの自分でいいんだ」と思えるようになったんです。
 

 

 
 
▼高畑
でも、一方、「自分はふつうじゃない」って思っていたので、社会に出てやっていけるのかすごく先行きが不安だったし、ちゃんとした先生になれるのかなとか。
 
「普通」を求められる圧力をすごく感じていて、すごく不安定な気持ちのまま、小学校の教員になったんです。
 
 
 

 
Q:社会人になってからはどんなことを経験しましたか?恋愛について聞いてもいいですか?
 
▼高畑
恋愛でいうと、女の子同士で付き合っていることをなかなか人に言えなくて。
大学から付き合っていた彼女も世間体を気にして、「将来結婚したい」「子どもが欲しい」「好きな男の子ができた」と電話で振られました。
 
「もう真剣な恋愛は嫌だ!」と、LGBTの人たちが集う新宿二丁目まで車で爆走しに行きました。
 
 
 
Q:え?広島から新宿二丁目まで?
 
▼高畑
はい、同じ境遇の人たちがいて最初は心が和んだものの、何度か通ううちに違和感が出たんですよ。
 
LGBTっていう多様性を大切にする街が、この4つの枠で色分けされてるように感じて、、、
 
「私はLGBTという枠を超えていろんな人と交流できる場所がほしい」と気づくことができました。
 
 
 

教員生活、休職・復帰を経てわかったこと


 
Q:教員生活はどうでしたか?
 
▼高畑
家が、教員一家だったんで、憧れから教員になったものの、多様な子どもたちが目の前にいる中で「みんな同じようにすべき」と指導せざるを得ない状況にぶち当たったんですよ。それは決して自分が求めていた世界ではなくて。
 
あと、あまりにも忙しくて、他の先生と同じようにできない自分を責めてしまってたし、子どもたちと十分に向き合えなくなって、どんどん心がすさんでいきました。
 
 
「他のクラスと比べて自分のクラスは全然できてない」
「ちゃんと子どもたちを指導しないと」
「でも自分には子どもたちをまとめる力なんて、全然ない」
 
どんどん自分の中で「先生とはこうあるべき」というプレッシャーが膨れ上がっていったんです。
 
それに自分自身の恋愛やプライベートのことも上手く話せないから先生たちとも人間関係も縮まらないし、息苦しい。
 
子どものときと同じように、1人で全部がんばろうとしてしまっていたんです。
 
「自分はダメだ」「自分なんていなくなればいい」っていう、自己肯定感がめちゃくちゃ低くて。。。空っぽの状態ですね。そう思い続けてたら、ある日の朝、ベッドから起きれなくなって、休職することになりました。
 

 
 
 
Q:休職期間中にどういったことを考えたり、行動してました?
 
▼高畑
休職に入ってすぐのときは、ほんと何もする気にならなくてずっと休んでいる自分のことを責めていました。
 
でも、当時のカウンセリングの先生に
 
「休職っていうのは、『体』もだけど『心」』も休めることがとっても大事です。
寝ると体は休まりますが、心は寝るだけでなく『自分の好きなこと』や『安心すること』、『やってみたいこと』などして気分転換をする必要があります。
『自分が何をしている時に心が喜ぶのか』そういうことを見つけるための時間でもあるんですよ」
 
と言ってもらってから、自分の本音を知るためにノートにたくさん気持ちを書き出して自分と向き合うようになりました。
 
ノートに書きなぐっている中で、
 
 
「両親に今まで隠してきた本音を全部話したい」
 
 
そんな言葉が出てきて、これが今1番やりたいことだって分かったんです。
 
 
私、それまで両親にずっと自分のセクシュアリティの話を言えてなかったんですよ。
それにお兄ちゃんのことも。本当は寂しかったってことも。
 
まず、ここに向き合わないとって思って、勇気を出して
 
「自分は【女の子】が好き」
「ずっと寂しかった」
「もっと3人で過ごしたかった」
 
ってホンネをぶつけて、カミングアウトしたんです。
 
 
 

 
Q:ご両親からの反応はどうでしたか?かなり驚かれたとは思うんですけど。
 
▼高畑
両親からは、
 
「今までごめんね」
「さーちゃんがさーちゃんらしくいて幸せになってくれたら十分だよ」
「さーちゃんのこと応援しているよ」
「親の役割は【子どもの夢を応援すること】なんだから」
 
って受け止めてもらえて、心の底から安心感と希望を感じました。
 
このままの自分でいていいんだ。
両親はずっと自分の味方だったんだ。
もう怖いものはない。自分らしく生きよう!
 
って思えるようになりました。
 
 
 

写真:母と2人ではじめて旅行した時
 
 
 

 
Q:両親にカミングアウトしたあと、自分自身の考え方や行動に変化が出ましたか?
 
▼高畑
「女の子が好き」っていうことだけじゃなくて、「お兄ちゃんのことで大変だったと思うけど、私もずっと寂しかった。でも隠してた」ってこともひっくるめて全て伝えられたので、気持ち的にはかなり楽になりました。
 
しかも両親ともしっかり受け止めてくれて。
どんな自分でも両親はOKって言ってくるんだ、味方でいてくれるんだ、ってやっと腑に落ちたんです。
 
自分には心強い味方がいるって思えるようになってから、自分の心の声を大事にして、「やりたい」と思ったことはどんどん行動して叶えていこうと思えるようになっていきました。
 
 
 

 
Q:その中で大きな出会いとか経験ってありましたか?
 
▼高畑
2017年12月に広島市内でおこなわれた、LGBTのカミングアウトを応援するイベントに参加したんですね。
その懇親会で、「悩みを抱えるLGBTの子どもたちの居場所づくりがしたい!」って話したら、帰る間際のエレベーターの中で、「さっきの話を聞いて一緒にやりたいなって思って、俺も子どもたちの居場所づくりに興味があるんで」と目をキラキラ輝かせて話しかけてくれたのが、あっきーでした。
 

 
 
 
▼高畑
あっきーと出会ったことで、自分と同じような想いをもつ仲間の存在を知り、とても勇気づけられました。
 
彼は、沖縄から身一つ、コネもゆかりもない広島へ移住して、当時1人でセクシュアルマイノリティに関する啓発活動を行っていたので。
 
彼の自分に嘘をつかない生き方、活動への想いを知っていくたびに、
 
自分の思っていた「ふつう」は「他人のふつう」だったんだ。
人と違うことは「強み」や誰かの「光」になるんだ。
 
って思えるようになってきて。
 
 
気づいたときには、
自分もそうなりたい。
自分らしく生きたい。
自分はもう一人じゃない。
 
あっきーと一緒に活動したい。
 
って思ってて。
 
そこから2人で「ここいろhiroshima HP」の活動をスタートしました。
 

 
▼高畑
「自分らしく生きる」ってよく聞くけど、それは「自分に嘘をつかない生き方が、自分らしく生きるってこと」だと心から思えるようになったんです。
 
 
 

 
Q:なるほど。理解しあえる仲間がいて、自分の「普通」でいいんだって思えたと。学生時代のさーちゃんからすると別人ですね。教員としての変化もありましたか?
 
▼高畑
そうですね、休職中にまず、勤務先の校長先生にカミングアウトしました。
 
すると、「なんとなくわかってたよ、ただ、私には知識がない。仕事や職場で不都合があれば言ってほしいし、休職中にやりたいことを探すのも良いし」と言ってくれて。
 
それから興味のあったカンボジアや東南アジアの小学校を2週間かけて訪れたんですけど、そこで暮らす子どもたちはすごく目を輝かせていたんです。施設とか豊かではないのに。
 
「もう自分に噓をつくのはやめて、正直でいよう」と。
 

 
 
▼高畑
休職から4ヶ月、2018年の4月に職場に行って、職員会議の席で、休職のおわびと同性愛者であることや、「ここいろhiroshima HP」のことをカミングアウトしたら、みんな静かに聞き入ってくれて、拍手をくれる先生もいて。その次の日に、職員室の机の上に先輩から手紙が置かれていて、見たら「勇気があるね。聞かせてくれてありがとう、あなたがどうであっても変わらず接するよ」と書かれていました。
 

写真:当時勤務していた小学校にて
 
 
▼高畑
参観日の懇談会で保護者にも事情を伝えて、担任をしていた小学1年の教え子たちに「先生は女の子なんだけど、女の子が好きなんだよ、自分みたいな人もいるんだ」とカミングアウトしたら、半分は「え?ヘーン」、もう半分は「別に良いよ」と。
子どもって本当に素直ですよね(笑)
 
 

 
▼高畑
子どもたちの反応から、子どもたちはセクシュアリティとか関係なく私自身を見てくれてたんだなってよく分かりました。
 
同じ職場、同じクラスなはずなのに、復職してからは、全く違う場所に来たぐらい楽しく仕事をすることができました。
 
全部スッキリさせて教員を退職しました。
 

 
 
▼高畑
自分に正直に、楽しく、活動する毎日。
今、最高に「自分らしい人生」を歩んでます(*^^*)
 

 
 
 

 
 
 

誰もが性の当事者


 
Q:さーちゃんが思う、「自分らしさ」とは?
 
▼高畑
私が思う「自分らしさ」は、絵の具で色を作るように、自分だけの特別な色をつくっていく。
 
そして、世界でたった1つの自分の色を思いっきり表現していく。
 
いらない色なんて、1つもない。
他の色と比べる必要もない。
 
ただ、自分の心が喜ぶことをするだけで良いんです。
 

 
 
 
▼高畑
あと、支えになってるエピソードなんですけど、両親に話したあとに、祖母にもカミングアウトしてたんですね。
 
最初はおばあちゃんものすごく混乱していたんですけど、ゆっくり説明していくうちに理解してくれて。
 
そしたら、「ばあちゃんなんにも知らんけどちゃんと知りたいけ、教えて」って言ってくれて。
 
私が実家に帰るたびに
「さーちゃんは自分のことどう思ってるの?ばあちゃんちょっと分からんくなったけ教えて」とか、「こんな新聞の切り抜きがあったよ」と見せてくれるようになったんです。
 
というのも、LGBTという言葉を新聞記事で見つけては、切り取ってスクラップ帳にパンパンになる程に保存してたんですね。
 
「さーちゃんがおるけぇ、こうして知ろうと思った。あんたが孫でほんとによかったよ」
 
っていつも言ってくれます。
 

 
 
▼高畑
自分のことを理解しようとするおばあちゃんのあたたかい姿勢に、私はいつも勇気づけられてて。
 
子どものときも、おばあちゃんの前だけでは、自分らしく、そのままの自分でいられて、当時の唯一の救いでした。
 
おばあちゃんは、どんなときも私のことを否定しなかったし、「あんたは本当にすごいね~!」って全力で伝えてくれて、私のことを信じてくれているのが子どもながらに分かったので。
 
年齢や性別や立場など関係なく「さーちゃんはさーちゃん」と扱ってくれる人の存在は、とても大きいです。
 
 

 
▼高畑
私が「彼女とどうやったら一緒になれるかね?」と聞いたら、おばあちゃんは「そら同性婚を認めてもらったら、ええじゃろ」と。
 
単純明快ですよね。
 
今は同性パートナーシップ制度っていうのはあるけど、証明書には、法的拘束力はなくて、夫婦同等の権利は認められてないんですよ。
 
このことも多くの人を苦しめてる現実があると思います。
 

 
 
 

今後の夢・目標


 
Q:「ここいろhiroshima HP」の活動をはじめ、これからの目標は?
 
▼高畑
ここいろhiroshima HP」は、これから全国でも居場所づくりや講演会をしていきたいので、「一緒にやりたい!」「応援したい!」という人とつながりたいです!
 
そのために、今から5年間かけて47都道府県全てで自主開催講演も開催する予定なので、ぜひ興味のある方は声をかけてください!
すっとんで開催しに行きます!(笑)
 
みんなの心には、熾火・種火があって、社会で生活している間に「燃やし方を忘れちゃった」っていう人も多いですよね。火を付けあえる場所はもちろん、誰もが受け止めてもらえる場を作って、違いも認め合っていけるようにしたいです。
 
そのために個人個人のライフストーリーをしっかり聞いた上で、コーチングをして、その人が自分らしく進んでいけるように力になりたいと思っています。
 
 

 
▼高畑
私は、この記事を読んでいるあなたと同じ「ごくふつうの人間」です。
 
あなたと同じように、笑ったり泣いたり悩んだりしながら毎日を精いっぱい生きている一人の人間です。
 
「性の多様性」は「生の多様性」
 
だから、「生きづらさ・悩み」や「望むこと」も一人ひとりみんな違います。
 
大切なのは、カテゴライズすることではなく、その人自身を見て、理解しようとする姿勢。
その先に「だれもが自分らしく生きられる」社会があると思っています。
 
 
 
 
▼高畑
一人ひとりが自分の色をもっていて、
その色を「自分らしく」表せるような社会につなげたい。
 
『誰もが自分らしさを表現できる世界』を作っていきますよ!
 
 

高畑桜 プロフィール

1992年生まれ 生粋の広島県民で、3人兄弟の末っ子(姉と兄)
大学卒業後、小学校教員になるも、2017年10月から4か月間「うつ・適応障害」で休職に入る。職場復帰後、2018年3月末に退職。
現在は、神石高原町地域おこし協力隊と、ここいろhiroshima HPで活動中!
 
 
 

高畑桜のSNS・HP

ブログ
ここいろhiroshima HP
 
 
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