私立高校の教員から予備校講師へ/永目憲一郎の人生ストーリー

フリーランス

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Q:高校の教員を目指すか予備校講師として働くか迷っています。
予備校講師として活動している人の人生ストーリーが読みたい。
また、高校教員の方の退職理由も知りたいです。
 
 
 
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「ぼくはもともと、私立高校の教員をしていたんですけど、将来なりたいものがないっていう子も多かったし、親に何の仕事をするのかを決められちゃってる子がいっぱいいました」
 
そう話すのは、現在、予備校講師として働く永目憲一郎さん、33歳。
 
「人を枠やレールにハメるシステムに対して、違和感を抱くし、職業選択の自由度が低い!もっと自由でいいじゃんって思うんですよね」
 
 
教員を辞めて予備校講師として活動するようになったストーリーとは?
オフは、「アイドル研究家」として活動するそのユニークなキャラクターに迫ってみました。
 
 
 

なぜ学校教員を目指したのか


 
▼永目
小学6年生の頃、両親がよくケンカしてたんで家に居たくなかったんですね。
3つ年下の妹がいるものの、その頃そんなに仲良くなくて。
 
運動もできないし、モテないし、自分に自信がなかったものの、勉強は好きだったんです。
 
そんな中、中学生の時、「将来なにになるか」っていうふうに考えた時、子どもながらに知っている職業やキーワードを紙に書いて消していったら、
 
・芸人
・勉強
・英語
 
っていう3つが残ったんですね。
でも親に「芸人」って言ったら「ふざけないで!」って言われて…それ以外で目立つ職業ってなんだろうって考えたら教師だったんですよ。
 

 
 
Q:学校の先生になろうと思って大学に進学したんですね。 順調に合格しました?
 
▼永目
いや、浪人しました。
出身が熊本なんですけど、そこにある代ゼミに通ってました。
「家を出たい」って思ってたんで京都教育大を受けたら合格しました。
 
浪人前後の成績はこんな感じです。
 

 

 
 
Q:めっちゃ伸びてますね!
 
▼永目
はい、だから、成果が出ない子の気持ちがわかるんですよ。
大学に入ってからは、学祭実行委員をやったり、不登校の子たちと一緒にキャンプに行ったり。勉強も好きだったし、ゼミの先生が楽しい先生で最高でした。
 
 

 

 
 
 
Q:じゃあ、そのまま順調に教師になれたんですか?
 
▼永目
いえ、大学4年の時にそのゼミの先生がいきなり「俺山梨に行くから」って辞めちゃったんですね。
それで後任の先生がやってきたんですけど、レポートの一言一句突っ込んでくる人で、みんな研究が進まないんですよ。
 
ぼくも立ったまま6時間怒られたり(苦笑)
 
それがめっちゃキツかったんです。
1日20時間勉強したり本を読んでレポートを書く日々。
パソコンを打ってたら寝落ちして、ハッと起きたらまたパソコンに向かう。
お風呂・トイレ以外勉強勉強・・・ってしてたら過呼吸になって、人生初めて心療内科に行きました。
 
過呼吸の時はビニール袋で「スーハー」ってやりましたよ。
 
 
 

 
Q:その先生との関わりってその後どうなりました?
 
▼永目
先生も「やりすぎた」って反省したようで、「卒論もう出さなくていいよ」って言ってくれたり、後輩やみんなにめっちゃ優しくなったんですよ。
そのあと、別の大学に行かれましたけどね。でも、その先生が「この私立高校で就職どう?」って言ってくれて、そこの面接試験を受けたら通って教員として働くことになりました。
 
 
 
私立高校の教員をして見えた世界

 
Q:実際に私立高校の教員として働いてみて感じたことは?
 
▼永目
担任の先生をやりながら、入試関係の仕事や全国大会常連の部活の顧問もやってたんで年間8日しか休みがなくて26歳の時に体を壊しました。
朝起きれないし、過呼吸になって…心療内科に行きました(苦笑)
 
 

 

 
 
 
▼永目
あと、教員としてヒシヒシと感じたのは、「教員のコミュニティーって本当に狭いな」と。
世の中の職業の本当のことをあまり知らないんですよね。
 
生徒も普通に生きてたら、
 
・親の仕事
・学校の先生
・美容師
・病院で働いている医師・看護師
 
とかしかイメージわかないですよね。
 
ある生徒から「助産師になりたい」って言われたんですけど、コンパで知り合った助産師さんに根掘り葉掘り聴いてシェアしたら「先生ありがとう!」ってめっちゃお礼を言ってもらったんです。
 
授業はもちろん大事だけど、教員が持つ人脈って本当に大事だなって思いました。
 
親も子どもが「バンドマンになりたい!」って言ってきたとして、知り合いに売れてるバンドマンがいたら「話をしてあげてくれ」って頼めるじゃないですか?
 
大人がやっぱり「この世界にはいろんな仕事があるんだよー」って選択肢を提示することって大事だと思いますね。
 
 

 

 
 
▼永目
教員時代とりあえずちょけてました(笑)
でも、授業だけは寝る間を惜しんで準備をしたので定評がありました。
高校の体験入学で体験授業の講師に選ばれたり。
 
 
 

 
Q:今は予備校講師として働かれてますけど、なぜ教員を辞めたんですか?
 
▼永目
もともと24歳の時に「いつか塾を開きたいな」って思ってたんですね。
進学校の教員として働いてたので、学校としては進学率が大事なんですよ。
 
例えば、ある先生も悩みながら言ってたんですけど、生徒が「スポーツトレーナーになりたいので大学じゃなくて専門学校に行きたいです」って言ってきたとしても、「いや、〇〇大学の推薦枠で大学に行かないか?」っていう話をしないといけないこともあって。
 
それって学校の都合じゃないですか?
生徒の夢を応援できてない。
 
「これってうちみたいな私立の学校だけなの?」って思って、教員の友達に聞いたら「うちもだよ」「公立もそうだよ」ってみんなそんな感じで。ぼくは、学校は子どもがなりたいものになるために応援する場所だって思っていたんで、生徒の夢を壊すことに加担したくないなって思っていたんです。
 
 
 
Q:教員として腑に落ちてないことを生徒に伝えるのは嫌だった?
 
▼永目
そうですね。
生徒の進路についてなんですけど、親の影響がすごいなって思っていました。
 
女の子だと、だいたい看護師・保育士・公務員が多くて。
男の子だと、経済学部か法学部、会社員みたいな。
 
イベンターになりたいとか、原体験からカウンセラーになりたいっていう子は20人中2、3人で。
「これからAIの時代なのにこの子たちは大丈夫なのかな」ってすごく心配になりました。
 
 
あと、茶髪の子を生徒指導したときに「髪色をなんで変えたらダメなの?」って聞かれても答えられないんですよね。
自分は「自由でいいじゃん」って思ってるので。
 
学習塾の先生だったらそういうことも言わなくていいし、「〇〇大学に行きたい」っていう生徒の目標を一緒に達成することに集中できるなぁって思って、塾を起業するために教員を辞めたんです。
 
 
 

教員退職後に立ちはだかったビジネスの壁


 
Q:学習塾の起業はうまくいきましたか?
 
▼永目
もう1人、同じ学校の同僚の先生と一緒に起業しようってなって、名古屋で駅近の一軒家を借りてシェアハウスにもしながら、そこの大きな部屋を教室にしたんですけど、お客さんが来ないんですよ(笑)
 
公務員家系で育ったので商売の仕方が全くわかってなくてビジネスとして軌道に乗らない。
スタートもできずに起業は終了しました。
 
そのあと、家を引き払って一人暮らしを始めて…。
塾を経営したいのに塾の内情も知らないのはヤバイと思って、個別式の小・中学生の指導塾でバイトを始めます。
 
この頃はお金がないから1年間豆腐と水で過ごしました。
肌はツヤツヤでしたけど、から揚げが美味しそうで仕方なかったです。
 
 
 
Q:塾での仕事は大変でしたか?
 
▼永目
あの…関西のノリで名古屋の人たちとコミュニケーションすると、モメることがあって。
例えば、よしもと新喜劇のネタで
 
「お邪魔しまーす」
「邪魔するんやったら帰ってー」
 
ってあるじゃないですか?
 
あれやったらマジでキレて帰る子もいるし、ボケてたら「先生!先生は先生なんだからふざけないでください!」って小学生にキレられたりで最初はそのノリの差が大変でした。
 
でも、授業自体は楽しかったし、その学習塾の教室長っていう店長的なポジションの人をサポートしたりボランティアしまくってたら「社員になってくれ」と言われて、水と豆腐生活が終わりました。
 
 
 

バイト→社員→エリアマネージャー→バイトの経験から得たもの


 
Q:学習塾の社員さんって何をするんですか?
 
▼永目
講師は大学生の子たちがするので、ぼくはいかにその人たちが働きやすくなるかを徹底して取り組みました。
「お菓子配り」が仕事というか、コミュニケーションしてモチベーションをアップしたり問題を改善するんです。
 
というのも、学習塾の損益分岐点って生徒数が40人で経営がうまくいっている塾のボーダーが80人なんですけど、ぼくが社員になった教室の生徒数は30人。
学習塾のグループの中でも最下位なので、ヤバイじゃないですか?
 
だから、「〇〇先生が好きなカントリーマアム買っといたよ」って言ったり、会話するごとに絶対に1回笑わせるって決めて。
そうやったキャッキャしてたら学習塾のグループの中で1位の97人の生徒数になっていったんです。
 
 
 
Q:え!もともとの3倍以上じゃないですか?それはすごいですね。
 
▼永目
そのあと、複数の学習塾を管理する立場のエリアマネージャーに昇進していったんです。
自分でもビックリしてたんですけどね。
 
でも、そうなると、妬む人も出てきて。
あることないこと言いふらされて、総スカンを食らうんです。
 
「アンタがいるとイライラする」と言われたり、無視されたり。
 
で、病むわけです(笑)
人生3度目の心療内科へ行きました。
 
そのあとは、その名古屋の学習塾ではバイトに切り替えてもらって週3回だけ授業しにいってます。
 
 
 

Q:一気に転落というか、浮き沈みがすごいですね。
 
▼永目
でも、そのあと、ある友人が「YouTubeの撮影あるから遊びに来て」って誘ってくれて言ったら、大阪で獣医学部を志望する専門の予備校を経営している社長の取材だったんです。
 
「わざわざ名古屋から来てくれたの?」
って社長が感動してくれて、これまでの人生を話したら「うちで働いて!」って言ってくれたんですね。
 
それで好きな大阪で予備校講師として働くことができるようになってます。
 
 
 

今後の夢・目標

 
▼永目
ぼくは今、獣医を目指す子どもたちに対して、予備校の数学講師として関わって、学力アップをサポートしているんですけど、獣医とか医者とか弁護士とか教師とか勉強ができないとなれない職業ってありますよね。その壁が立ちふさがるんで、そこをこれからも一緒にクリアしていきたいです。
 
あと、予備校講師も子どもも個性が大事、
真面目なだけじゃダメだと思っていて、面白く!
芸人テイストを取り入れて楽しく勉強しないとって思うし、人脈を広げて「いろんな生き方があるよー」って伝えて生きたいなと。
 
個人的には「アイドル研究家」として活動をしていって、SKE48と仕事ができるようになりたいです。松井玲奈ちゃんと高柳明音ちゃん推しです!
 
 
 

 
Q:え?アイドルが好きなんですか?
 
▼永目
はい。アイドルに夢中になった経験としては……大学生の時に心療内科に行った後、気分が乗らない時にチャリをこいでたんですね。
それで、フッと京都のビックカメラに入ってテレビコーナーの前を通ったら、AKB48のミュージックビデオが流れていて、そこで固まって動けなくなったんですよ。
 
「自分よりも若くてもこんなにがんばっている子たちがいるんだ!!」って涙が止まらなくて。人は誰かの挑戦している姿に勇気をもらうんですよね。
 
 

 
▼永目
それまではHi-STANDARDとか、Bump Of Chickenとか、RADWIMPSとかのロックばっかり聴いてたんですけど、180度価値観が変わりました。
 
ぼくみたいに33歳になっても、自由にやってる姿や思いを伝えていって、子どもたちも「もっと自由でいいんだ」って感じてもらえたらうれしいです(笑)
 
 

 
Q:教育やアイドル研究を通じて得た知識をどう使いますか?
 
▼永目
ぼくは起業に失敗した時、「自分はリーダーに向いてない」って痛感したので、2列目までは下がらないけど、1.5列目のポジションで、挑戦する人を認めたり、セミナーしたり、アドバイスをしていけたらと思ってます。
 
 
 
▼永目
サッカーでいうと、自分でもシュートを決められるけど、あえてラストパスを出す人ですね。
 
世の中には、良いものを持ってるけど正当に評価されていない人っていっぱいいるじゃないですか?
そういう人の応援をするのが好きなんで(笑)
 
そんなふうにがんばろうと思います!
 
 

永目憲一郎プロフィール

1986年、熊本で出生。
大学は京都、私立高校の教員時代は滋賀で過ごすが、その後、起業のため名古屋へ。
しかし、起業に失敗し、1年間水と豆腐を食べて生きながら学習塾のアルバイトを経て社員に。
その後、学習塾の経営に尽力するも、講師として活動することを選択。
現在は大阪にある獣医専門の予備校で数学講師として勤務しながら、アイドル研究家としても活動している。
 
 
 

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